サトリ− ”こころ”の深遠を旅する7日間
| 私たちは人のことはよく見えますが、意外と自分自身を知りません。生まれてから今まで、今日、この日まで誰よりも長く人生を共にしているはずなのに、です。実際には、自分が作り上げた理想(幻想)の自己像を自分だと思っていることがほとんです。自分の本音に直面して「そんなはずはない」と驚愕することもあります。それでも、私は自分がどんな人間なのか知りたいのです。ここでは、自己探求の試みのひとつをとても個人的な視点でシェアしています。
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前体験 サトリという7日7晩泊り込みのグループがあるのはずいぶんと前から知っていた。禅寺のようなイメージ、強力に自分自身に働きかける厳しいイメージがあり、興味がありながら手を出せずにいた。興味を持ち始めたその頃、サトリを短縮したような3日間のグループがあると聞き、1998年に参加した。それは3日3晩、「自分は誰か」を問いつづけるだけ。覚悟してはいたが、その3日間は苦しかった。これが7日7晩続くなんて、とっても無理だと思った。 その後、サトリに参加したという知人に「サトリもミニ・サトリも苦しいのは最初の3日だけ。その後に何かが始まるんだから。苦しいところだけで終わってしまうのはもったいない」と言われて、はじめてサトリに参加したいという気持ちが湧いてきた。 インタビュー ここでも、またインタビューがあった。だいたい、大変そうなグループやセラピーはインタビューがある。病歴、精神状態や健康状態、過去に自殺しようとしたことがあるか…というような、ちょっとドキっとするような質問もある。初めは気軽に「自殺しようとしたことはない」と答えたものの、「どーしてこんな質問があるんですか」とたずねると、「このグループは、かなりハードです。もし自殺癖のようなものがあれば、私たちは普段以上に注意深く様子を見なければいけません」と言われた。なんか心配になったので「自殺を試みたことはありませんが、死にたいと思ったことは何回もあります」と告げた。「普通はそうなんでしょうね(笑)」とのことでした。 インタビューを終えて、参加資格の用紙をいただく。何を持っていくのか、持って行ってはいけないのかがかかれたリストを受け取る。毛布を持ってくること、7日間分の十分な着替え。シュガーレスのビタミンCなどなど。そして持ってきてはいけないものに、エキストラの食べ物、飴など砂糖の入ったもの。読み書きするものなどはいけないとある。たったこれだけで、心臓がドキドキする。私は臆病者だ。 開始ゴングが鳴る サトリは、7日7晩のグループだ。通常はなんでも朝から始まると思うのだが、サトリは夜9:15に集合だ。9時前から、プラザ・ホールに毛布だの大きなかばんだのを抱えた人がチラホラ見える。「あの人もサトリ」「この人もサトリ」という眼で眺める。他の人も、ワタシのことをそう思ってみてるんだろうな。 時間が来て、ヘルパーの人が参加用紙と名前を確認する。その後7日7晩を過ごす部屋へ案内されるのだ。「今なら間に合う。逃げるべきか、それとも行くべきか」などという考えも頭に浮かぶ。そんなことを考えていたら、参加者の台湾人の女の子が「ワタシは英語も苦手だし、なんか怖い。どうしよう」などと言うものだから、「大丈夫だって」などと励まさざるを得なくなり、励ましてしまったら自分が逃げる機会を失ってしまった。(笑) 部屋に通されて、いろいろな注意を受ける。まず、時計を取り上げられた。「私たちはこれから終わりの日まで、時間を知ることはできないのだ」と思ったら、開放感よりも不安感がきた。私は時間にしばられているんだなぁ、と思う。喫煙者は、普段1日何本タバコを吸うか聞かれる。その上で、リーダーは1日何本吸う必要があるかを尋ねる。決して禁煙を強要しない。要するに、吸う、吸わないは本人次第なのだろう。 トイレの場所、シャワーの場所などプラクティカルな説明がひととおり終わると、すでに開始だ。パートナーを組んで、あらかじめ決めた「私の中いるのは誰か(Who is in?)」「私は誰か(Who am I?)」という質問のいずれかを尋ねる。聞き方としては「Tell me who is in」または「Tell me who you are」となる。英語ともいえない程度の英語だから、質問するのは別に難しくはない。そして、答えるときだが、どうしても英語が話せなければ母国語でも構わないことになっている。誰にも聞かれたくないという理由で母国語をしゃべるのはペケだ。そして、忘れてはいけないことだが、問答は必ずパートナーの目を見ながら行うのだ。あっちこっち見ていたり、目を閉じてしまってはいけない。答えるほうも、聞くほうも。ふだん相手の目を見つづけるなんて事はしないだろう。動物の世界では獲物を狙うときに集中して相手を見るとか聞いたことがある。これだけで結構真剣勝負となる。 しかし、いきなり「Tell me who is in」と尋ねられても、どう答えていいのかわからない。「うー」とか「あー」とか言ってるうちに交代だ。調子が出ないのは私だけではなく、グループ全体のエンジンがまだ温まっていないという感じだ。 そうしているうちに時間が過ぎて、就寝。セッションをしていた部屋と隣の部屋の2部屋に分かれる。今まで張り詰めた空気が流れていたところで眠るのだ。なかなか寝付かれない。それでも朝は早いということだけは聞いていたので、目を閉じているうちに眠りにつく。普段なら眠れないときは軽い本を読んだり、暖かいミルクを飲んだり、どうしても眠れないときは寝酒という手もあるのだが、当然ここへそんなものは持ち込めないし、だいたい時間がきたらパチンと電気を消してしまうのだ。病院みたい…と思った。 1日目が始まる 朝、「ティーン、ティーン」という、チベタンベルと呼ばれるベルの音で起こされる。この辺もお寺っぽい。頭がぼーっとして一瞬自分がどこにいるのかわからなくなる。寝床を片付けて、トイレや洗面を15分以内に済ませて、即<公案>開始。本当に禅寺みたいだ、と思う。寝ぼけた頭では、少しも前夜と変わらない。「私はおなかすいている」とか「私は眠い」とか、”しょーもない”と思うようなことが頭に浮かぶので口に出して言ってみる。自分の頭の中をよぎる考えをどんどん吐き出すように言う。それでも言葉が止まるときは、「肩が凝った」とか「座っているので足が痛い」とか身体の状態を言ってみる。 何回交代したのか、数えていないが朝のダイナミック瞑想に移る。思い切り身体を動かして…と思うのだが、ここへ来るまでずっと運動不足だったので思うように身体が動かない。なんか間の抜けた感じだ。身体が重くて仕方ない。そういえば、出国前は体重を量るのも怖くなってたんだよなーという考えが頭を掠(かす)めていった。 ダイナミック瞑想のあとに、再び<公案>だ。今度はダイナミック瞑想という話題があるので、そのときに何を考えていたのかとか、つらかったとか言ってれば時間が過ぎるか、というとそうでもない。問答は交代して繰り返すのだが、だいたい最初の順番でネタは使い切ってしまう(笑)。ということで、やっぱり「私はおなかがすいている」に戻ってしまうのだった。他に感じることはないのか、と自問自答してしまった。 そんなに長く続けた感じはなかったが、やっと食事とシャワーの時間だ。身体を動かして汗をかいた後にそのまま<公案>だったから、素直にうれしい。シャワーは人数に対して数が少ないので、先に食事に行くことにする。私は普段はミルクティーだけか、ゆっくり朝食のときはトーストに卵焼きとか、サンドイッチとか作る。ミルクティーは定番だ。サトリのグループでは、食事も制限があり、まず乳製品はご法度。砂糖もダメ。ということで、私の定番ミルクティーはグループが終わるまで飲めない。お茶はミントティー、ジンジャーティーまたはホットウォーター(白湯)の3種類のみ。バーリーミックスと呼ばれる、ナッツ類やレーズンを混ぜた麦の「いかにも健康食」が出される。あとはフルーツ。「ヨーグルト食いてぇ」と思ったが、ヨーグルトは乳製品だった。 食事とシャワーが終わって<公案>タイム。パートナーを組んで交代で問答し、パートナーチェンジしてまた交代で問答をする。すでに「もうかんべんして」状態。最初の3日間が苦しいって、言ってたよね。と思いつつ頑張る。サボるのも頑張るのも、自分次第なのだ。サボろうと思ったら、いくらでもサボれるのだ。それは「本気でやらない」というだけのこと。でも、高い参加費も払ってるし、何よりもせっかく何年も迷っていたグループを受けているのだ。ここでサボってどうする!と自分自身を叱咤激励する。 次にやってきたのがお掃除の時間。自分たちのいるところだけでなく、建物の外も含めていろんなところのお掃除をする。そのときは「in Silence(沈黙中)」のバッチを胸に付ける。グループ中は外部とのコンタクトをしないことになっているため、人から話し掛けられても答えないことを、相手の人が理解できるようにするためだ。話をしないだけではない。相手の顔も見ないし、掲示板に貼ってあるインフォメーションなども読まないように言われている。「外に気にすると、エネルギーが抜けてしまう」というのが理由だ。 そこで私は実験をした。外を歩くときの眼の角度をいろいろと変えてみたのだ。まず普段と同じ水平。みんなの顔が見える。どんな表情をしているかとか、誰と誰が一緒にいるかとか、知らない人がいるとか、思ったよりも気にしているものだ。そこで少しずつ見る角度を下げていったら、せいぜい人の足元が見えるくらいにすると大丈夫そうだ。それでも、たとえば恋人の靴が見えてしまったら動揺するんだろうなぁ。顔をみたいだろうし、話しもしたいだろうなぁ。 お掃除の後に<公案>タイム。お掃除中のことを、最初の回で話すようにというガイダンスを受ける。掃除しながら、自分が何を考えたり、何を感じたりしていたかを話す。次の回では、またもや「うー」だ。そしてやたら眠い。自分が話しているときも、相手の答えを聞いているときも、眼がうつろになってしまう。 パートナーチェンジを何回かしたら、今度はアクティブな瞑想。またもや身体を動かすのだ。<公案>タイムでは座りっぱなしなので、身体を動かせることがありがたい。食事制限もあるし、ダイエットになるかも…と密かに期待する。…が、アクティブな瞑想は予想以上に身体にきた。そのハードさで、高校時代の運動部の準備体操とか練習を思い出す。アクティブな瞑想の後に<公案>タイム。一回目でネタを使い切る。そして眠い(笑)。 1日のスケジュールは、この後は昼食・シャワー・休憩、<公案>、クンダリーニ瞑想、<公案>、夕食・シャワー・講話、<公案>、散歩/走る、おやつ、<公案>、就寝という決まりきったパターンが延々と続く。何か新しいことが起こるかもしれないという期待が無い分、エネルギーは内側に向かっていく。部屋の外には、あまり関心が向かないようになってくる。途中から今日が何日なのか、何日過ぎたのかがわからなくなってくる。もうすっかりお話しの内容を忘れてしまったけど、無人島に流されたロビンソン・クルーソー(だったよね)も、きっと「今日が何曜日」なんて、すぐに忘れたことだろう。それとも日曜日ごとにちゃんとお祈りをしたのだろうか。人間が生きていくのに日付や曜日ってのはなくてもいいんだなぁと思った。 <公案>タイムの途中で、私たちの何人かがインタビューに呼ばれる。私も呼ばれたい。自分のパートナーの目を見ながら、その端に誰かが呼ばれていくのを見ると「早く私もインタビューを受けたい。いったい何を話しているのだろう」と不思議で仕方がない。でもヘルパーも含めて参加者が60人ともなると、なかなか順番は来ない。だいたいどんな基準で呼ばれるのかわからないのだ。そうこうしているうちに、時間はどんどん過ぎていく。 そして、いいかげん「Tell me who is in」と聞いたり、答えたりするのに飽きた頃に、個人の<公案>をもらった人がパートナーになった。すごくうらやましかった。そういえば、最後までwho is inという公案のままの人もいると聞いたことがある。7日7晩同じ公案。それは辛そうだ。エゴも満足しないだろう。そして、ぼちぼちという感じでいろんな<公案>をもらったパートナーと組むようになった。人生とか、愛とか、真実とか。私自身は煮詰まってきていた。早く自分の公案が欲しいと思った。 そして、とうとう私がインタビューに呼ばれた。わくわく、どきどき。どんな公案をもらえるのだろう。私が想像していたのは、リーダーがその眼力でもって「あなたの公案はこれです、愛」とか決めるのかと思っていた。しかし、実際には「調子はどうですか」と尋ねられて、それに答えて今の自分の状況などを説明しているうちに自分の問題点が浮かび上がってきた。おぼろげにだ。できればそれを公案にしたくないという気持ちがあった。しかし、リーダーはそれを見逃さなかった。その問題点を認めたくなくて、あー、うーとうなっていたが、とうとうギブアップ。降参だ。…そうして私の公案は<Trust/信頼>となった。パートナーは「Tell me what trust is(信頼とは何ですか)」と私に尋ねて、私はそれに答えるのだ。 できればコレじゃないほうがいいと思いつつも、初めのうちは、自分の公案をもらって得意げな気分だった。しかし、すぐに壁にぶち当たった。信頼って、何だろう。知りもしないことを説明することはできないじゃないか。私にとって信頼ってなんだろう。問答の相手に答えるというよりは、自分に問い掛けて自分に答えているような気分だ。 そこで私は、自分が何を信頼しているかをリストアップしてみることにした。父親、母親、友人…。「私は父親を信頼している」「私は母親を信頼している」「私は友達を信頼している」…口に出して言ってみると実は彼らを少しも信頼していないことに気が付く。言えば言うほど、私はうそつきになってくる。このあたりから探求の苦しさが始まった。普段の生活では、あまり意識していなかったところに光を当て始めたのだ。「なんとなく」で済んでいたことが、それでは済まなくなって来たのだ。 パートナーが何度も変わり、時間が過ぎていく。瞑想も食事もシャワーも、何か特別なことも無く淡々と過ぎていく。外側の世界、部屋の外の世界はまるで夢のようにあやふやになってきて、自分が座っているその時間と場所だけが鮮明になってくる。 信頼とは何か、信頼とは何か、信頼とは何か…。夜眠りにつく前にしばらく自分の公案を自問して、それから眠るようにとアドバイスされる。そうすると、眠っている間もその公案のことを考えながら眠っていることになるそうだ。時計が無いので私たちがどれくらいの睡眠時間をもらっていたのかわからないが、7時間とか8時間ということは絶対にない。短い睡眠時間のはずなのに、夜中に目が醒めたり、チベタンベルの音を聞くよりもずっと前に意識が戻ってきたりしていた。時には横になったまま、信頼とは何か…と自分に尋ねていたこともある。 最初にやってきたのは、自分がどれだけ裏切られたかという記憶だ。ささいなこともあれば、おおきなこともある。私は両親に裏切られた、私は友人に裏切られた、わたしは恋人に裏切られた…。次には男は信用できない、女も信用できない、社会は信用できない、歴史は信用できない…と、信頼を見つけるどころか私は疑いの塊になっていった。「信頼とは何か」という問いに、「私はすべてを疑っている」と答えていた。 ひとつ、ひとつ、自分が疑っているものをよく見る必要が出てきた。なぜ、私はそれを疑うのか。 親は私のことを愛しているのか?親が子供を愛するのは当然と言う根拠はなんだ?男のほうが女より社会的に認められるのはなぜだ?女は頑張っても、なかなか認められないのはなぜだ?それをあたりまえと思っているのはなぜだ?男は浮気してもいいけど、女はだめだというのはなぜだ?これらを疑問に思う私を認めてもらえないのはなぜだ? 「あたりまえ」という彼らの行動の背景には、社会的役割というものがあって、社会的役割というものには歴史がある。子供は家族を助けることを前提に育てられる。そこに愛があったのかはわからない。無意識のうちに、子供は親の面倒をみるという前提で育てられる。また歴史の過程で、女性は軽視され、蹂躙され、それが今の社会にも根付いているということが見えてきた。私が男を信じない、女を信じないというのも、自分がその歴史を無条件に受け入れてしまっているからだ。 疑いの源泉をたどるうちに、あることに気が付いた。私はいつも被害者である部分を強調している、ということだ。誰かが私を裏切るという構図だ。じゃあ、自分が加害者だったことは無いのだろうか。私はいつも誠実で、正直で、人を裏切った覚えなんか一度も無い!と信じていた。「信頼とは何か」という問いに「私は私を疑っている」と声に出して言う。自分を疑うことは、相手を糾弾するよりも、ずっと辛いことだった。 自分を疑うということは、ひとつのターニングポイントだった。「私が何をされたか」ばかり見ていたものが、「私が何をしてきたのか」という、まるで正反対のポジションに立って掘り下げ始めたからだ。何かが私の頭を持って、くるりと反対を向かせたような感じだった。もしかしたら、ここで初めて「自分の内側」へ向かい始めたのかもしれない。 本当はもっとあるだろうが、苦しんだ挙句にかろうじて、ひとつ、見つけた。中学校の頃のことだ。いわゆる陰口に加担するということだった。人に言えば、多分「そんな些細なこと」かもしれない。しかし、自分が加害者だったことを知ったとき、後ろから頭をガーンと殴られたような気分だった。私の誠実さはどこへいった?私の正直さは?なぜこれを忘れていたのだろう。詳細を思い出すに連れて、胸が痛くなった。仲が良かっただけに、彼女はすごく傷ついただろう。もしかしたら、彼女のその後の人生に影響を与えたかもしれない。 自分が加害者でもあったという認識は、衝撃的だった。無意識的に「こんな誠実な私を裏切る人たちがいるなんて信じられない」と思っていた。そして、自分が誠実さと正直さにおいて完璧だと信じていたということにも驚いた。疑うことで、信じていたものが、ガラガラと崩れていった。完璧とは変化が無いこと。変化が無いことは死んでいるのと同じこと。「生きている限り、人も、歴史も、あなたも、私も、完璧ではありえない」という感じだ。 信頼って何だと探して、こんな理解がやってくるとは思っても見なかった。私にとっては、かなり大きな変化だ。そして、これで十分という気もしていた。これ以上、何を掘り下げればいいのだ?しかし、日程はまだ続く。大きな発見の後、私は空虚になってしまった。もう十分という気持ちが、早くグループが終わらないかなという気分にさせていた。多分、まだ2〜3日あるはずだ。煮詰まりきったときのテンションの高さにうって変わって、無気力な問答が続く。 信頼とは…、信頼とは…、信頼とは…。繰り返し問い掛けることで、再び迷路に迷い込んでしまった。「完璧ではありえない」という理解は、決して「信頼とは何か?」の答えではないことに気が付いたからだ。やっぱり私はまだ信頼とは何かわかっていないのだ。さっきまで早く終わらないかと思っていたグループなのに、突然「その短い残りの日程で、私は信頼とは何かという問に対して答えを見つけることができるだろうか」という気分になってくる。 グループでは、その頃からランチのとかの大きなブレイクの後に「講話」のテープを流すようになった。そのときの講話は、信頼について語っているものがほとんどだった。それは、つまり、何か理解をサポートするためのものなのか?しかし、私にとってそれは邪魔でしかなかった。今、自分で探しているものを目の前に並べられたって、それは自分で見つけたことにはならない。かえって、講話で語られたことが邪魔になってしまうのだ。もし私がニュートラルな状態で、別に信頼とか、愛とか、人生とかを探しているのでなければ、それはすばらしい講話だ。でも、その時の私の感覚では「欲しいと思ったモノを、本人の努力なしに親が与えようとしている」というものに近かった。自分で服を着ようとすると、親が来てボタンを留めてくれる。靴下を履かせてくれる。髪を梳いてくれる。爪を切ってくれる。ハンカチは持った?忘れ物は無い?…私は独立したいのだ。人から与えられたものではなく、自分の手で掴みたいのだ。本に書かれたことを「自分の体験」と混同したくないのだ。 問いつづけるのはすごい。他に何もしない。同じ質問を繰り返すだけだ。それで私はどんどんと自分を掘り下げなければいけない。掘り下げて、何も無くなって、問い続けるうちにまた何かが浮上して、また何も無くなって…ということを何回繰り返しただろう。 そして、あるパートナーと組んだ。私が先に公案に答える順番だった。一生懸命「信頼とは…」と答えているつもりなのだが、自分でも寝ぼけた事を言っているなぁと思っていた。そして交代。私のそのときのパートナーは開口一番、「パートナーが話すのを聞いていて、私はつまらなかった」と言った。 ここにはひとつルールがある。目の前のパートナーのことを言うとき、、"あなたが"と表現しない。「パートナーが○○だったとき、"私"は、どう思ったのか」というように、"私"を主語にするというルールだ。「あなたが」というように相手を主語にすると、相手を批判することになる。つまり、この場合で「あなたの話はつまらない」と言ったら批判になるわけだ。これは普段の生活で気が付かないうちにやっていますが、まずケンカの種になりますね。 自分でも寝ぼけてると思っていただけに、私はドキっとした。そして、彼女が彼女自身のことを話し始めたときに、私は彼女からものすごい情熱を感じた。「自分自身を知りたい」という情熱だ。そのエネルギーはすごかった。こんなに真剣に情熱をかけている人がいる!と思うと、自分が恥ずかしくなってしまった。彼女のように私も目覚めなくては!と思った途端に不思議な感覚が私に訪れた。 何か火がついたようなカーッと燃えるような感覚が来るのと同時に、何かがスーッと冷めていくような感覚がやってきた。自分の身体の中心に、自分が座っているという感じ。目を大きく見開くような感じで、自分がすごく安定しているような感触。パートナーの情熱の火が私に飛び込んできて、私というキャンドルに火を点けたという感じ。私が何か努力したわけではない。ただいきなり、そんな状態になってしまったのだ。 自分のゆっくりとした呼吸を感じる。相手の声も聞こえるのだが、同時に自分の呼吸も見ている。時間が止まったのではないかと思うくらい、ゆっくりと時が過ぎていく。いつもは、頭の片隅で何か別なことを考えながら、相手の話を聞いていたと思う。トータルに私がここにいて、相手の話を聞く。すごく単純なことなのに、生まれて初めてそういう状態になったような気がする。パートナーも私の状態に気が付いたようだ。彼女は、いろいろと話していたのだが、やがて言葉に詰まるようになり、「…今は何も言うことが出てこない」と言ったまま黙ってしまい、アイコンタクトしたまま向き合っているような形になってしまった。 私の中に私が座っている状態が、ずっと続いたかというと、答えは"No"だ。すごく不思議な感覚だったので、パートナーチェンジをしてもずっと同じ状態になりたいと思うと、その「思い」が邪魔をするのだ。知ってしまったことが、味わってしまったことが邪魔をするのだ。再び私は家へ帰る道を失ってしまった。迷子だ。しかも、家がどんなふうだったかを覚えてるだけに、帰る道がわからないことが悲しい。すごく悲しい。私は迷子だ。何回もパートナーチェンジした。夜が来て、朝が来て、夜が来て、でも同じ状態にならなかった。もう日にちがない。焦る。 そして迷子の私が、また問答を繰り返していく…。信頼とは何か、信頼とは何か、信頼とは何か…。それは私にとって「家はどこ?確かに一度私はあの家に帰ったのに。また、私は家がわからなくなってしまった。家はどこ?」ということに他ならない。 気が付いたらそうだった。というのは、何気なく歩いていたら家に帰れた、という全くの偶然でしかない。"偶然の起こし方"を知らない限り、次の偶然を待たなければいけないのだろうか。家へ帰る道はどこにあるのだろう。どこにマップがあるのだろう。 その時の状態を思い出してみる。パートナーの話を聞きながら、呼吸している自分が見えるという感触だったので、今度は先に呼吸に焦点を合わせてみる。ゆっくりとした呼吸をしながら、パートナーの声を聞く。息が入ってくる。息が出て行く。息が入ってくる。息が出て行く。息が入ってくる。息が出て行く。パートナーの声がだんだん遠くなる。聞こえなくなるというわけではない。少し距離があるという感じだ。身体の細胞のひとつ、ひとつが活性化されていく感じ。ふつふつと細胞が沸騰してくるような…。そして、"カチッ"という感覚と共に、私は家の中にいた。 "家に帰る"とか、"私自身に還る"といった状態は、とても不安定だ。少しでも興味が外側に向かうと、すぐに私は「迷子」になっている。そんなときは「呼吸」も役に立たない。今、現在の私の理解では、簡単に分類すると、次のような状態があるように思う。
私の状態は、まだ不安定だ。だから「家の外」にいたり、「家の中」にいることを繰り返している。めまぐるしく変わる。どうやって家を抜け出すのか。その過程はわからない。どうやって家に帰るのか、その瞬間はわからない。未だにわからない。内側に向かって家を探し始めたとき、呼吸を見つめることがすごく役に立つことは確かだ。少なくとも、私の場合。 意識的な呼吸を使って家にいる状態になると、私は動けなかった。ただ、意識して呼吸をするのが精一杯だ。そして、パートナーの声を聞くのが精一杯だ。まるで自分自身に縛られてしまったかのようだ。それでも、できるだけ意識的な呼吸を続けていた。ある晩、いつもと同じように夜の散歩の時間が来た。いつもは走ったりするのだが、その日は「できる限りゆっくりと歩きなさい」というガイダンスがあった。 まるでスローモーションのようなスピードで、歩く。上げた足を地面に下ろすまでに、すごく時間がかかる。筋肉の少しの変化も見逃さないようなつもりで、足を地面に下ろす。体重移動を腰のあたりで感じ、反対側の足を上げ、ゆっくりと地面に下ろす。途中で気が付いて、スローモーションで歩きながら、呼吸も意識してみた。息が入って…足が上がって…腰が…息が出て行く…前に出て…息が…足を降ろし…入って…体重移…息…動…が出て…足が…息が…。ふたつのことを意識しながらというと、こんな感じだ。それぞれの行動が独立しているわけではない。両方を意識しつつ、両方が滑らかに行われるように…。 簡単ではないが「家にいる状態」で、少しの間だけ2つのことができた。進歩だ! しかし、相変わらず「私はここにいる」と、私は動けない。次の課題は、この状態を普通の生活にどうやって持っていくことができるか、だ。このままグループが終わって外の世界へ戻ると、外の世界は刺激的で、あっというまに自分の家を忘れてしまうだろう。「私はここにいる」状態で「普段の行動」をとる、その感触をサトリのグループ中にできる限り掴んでおきたかった。サトリのグループをとことん利用しようと思った。些細なことでもいい、芽吹いたばかりの苗を少しでも育てておきたい。 またもや時間との勝負という気持ちだ。早くグループが終わらないかと思っていた私はバカだった。時間が足りない!ああ、これが10日のグループだったら、それとも究極の21日だったら。実際には起こりえないことを考えることですら、エネルギーの浪費なのに、ついそれをしてしまう。今回のグループは7日7晩なのだ。限られた時間だからこそ、私たちは「また明日」と言わずに自分に働きかけ、エネルギーのポテンシャルが上がるのだ。もう一度落ち着いて「今、できる限りのことをしよう」と考えることにした。無駄なことを考えてるヒマがあるなら、今の1分1秒を大切にしよう。 まず、呼吸を意識する。今ではそれが助けになることがわかっている。無意識の呼吸ではない。意識的な呼吸だ。そして、自分の中に還ってきたときに、ゆっくりと「普段やってること」を実行する。聞く、見る、歩く、腕を動かす、頭を動かす…。どれくらいの速さで動かすと、家から出てしまうのか。どれくらいのスピードなら今は大丈夫なのか。私はまるで生まれたばかりの赤ん坊で、一生懸命あたりまえのことを学んでいるようだ。 または自動車学校に通っていた頃を思い出す。右手はハンドルを握って、左手はギア、右足でアクセルを踏み、左足でクラッチとブレーキを踏み分ける。眼はできる限り周りを見渡し、耳は外の音を聞き分ける。その上で、私はどこへ行くのかを考え、行動する。やることが多すぎる!仮免で初めて路上にでたときの技術では、信号が赤から青に変わって、発車しながら右へカーブするとき、私は途中でギアチェンジができなかった(笑)。教官に「ギアをローからあげて」と言われても「カーブが終わってからでないとできませ−ン」と答えるしかなかった。トロトロ〜っと、大きな交差点で他の車を止めながら進む迷惑な教習車だった。今はそれに似ている。でも、そんな私も運転技術が上がりやがて免許が取れる程度になめらかに運転できるようになったのだ。技術は進歩する。 はじめは呼吸以外何もできなかったのに、だんだんとできることが増えてくる。こうなると、面白い。一瞬、一瞬が実験であり、失敗しても「これはまだできないのか〜」という感じで笑える。家から出てしまっても、今は別にそんなに焦らない。 こんな感じのときに、またインタビューに呼ばれた。前回はあんなに待ち焦がれたインタビューだったが、今回は「時間が無いから、邪魔しないで」という感じだった。勝手なもんだ。インタビューで「あなたは陥りやすい罠にかかっています」と言われても「体験してしまったものは変えようが無い」という気持ちでもあった。 リーダーは注意深く私の話を聞いていた。車の運転を習っているようだ、とか、自分の家に帰ったようだ、とか。でもそれは状態なので、常に変化していること、知らないうちに家から出てしまって、もう一度家を見つけることに苦労したことなどなど。家を出る瞬間、家へ帰る瞬間を見つけたいと思っていること…。 そして、リーダーは私の<公案>、「信頼とは何ですか」と尋ねた。なんと答えていいのかわからない。でも、見つけたことを話した。「私が私の家に帰ってきたときに信頼はそこにありました」「どうやって、そこにあるとわかったのですか」「私が家から出てしまったとき、そこには信頼が無かったから」。リーダーはにっこり笑って「グッド、そのまま続けていきなさい」と言って、私はまた公案の問答へ戻っていった。 言葉にできないことを表現するのは難しい。でも体験はいろんな言葉で表現することができる。もし彼女が「わからない。別の言い方をして」と言ったら、もう一度その体験を別の角度から眺めて、表現するだけのことだ。言葉はたくさん出てくるかもしれないが、指し示しているのは、たったひとつの同じことだ。 こうして、私の7日7晩のサトリ・グループは終わった。今、やっと扉を開けたばかりだ。探求の方向が内側に向かったとき、それはまったく新しい世界を見ることになる。だから、同じ場所を歩いていても、まったく新しい道を歩いていることになる。わくわくする。どきどきする。私の本当の探求の旅は、ここから始まる。 2001/4/10 |